昭和40年12月01日 月次祭
二、三日前から、そこの二階の上りきったところに、私の方の小学生達でしょう、幹三郎か、栄四郎でございしょう、防犯週間のポスターを書いて押しピンで止めて貼ってございます。下から覗いて、丁度見えるところへ。何げなしにしておりましたけれど、私いまふっと、こうやってきながら、その内容を思うて見てですね、ああこれは素晴らしいことだなあと、こう思ったんです。
というのは、こういうことが書いてある。防犯週間のない平和な日本と書いてある。防犯週間のない平和な日本と。防犯週間と。言う様な事をわざわざ取り立てて、いわゆる犯罪を防ごうとするような事がですね、もう無い平和な日本にならなければならないということでございましょうね。私も思うんです、まそれと同じ様なことを。私がおかげを受けたことを、皆さんにお話聞いて頂くんです。
現在椛目で御神縁を頂いておられる皆さんがです、本当に防犯週間の無い平和な日本というように、私の信心を皆さんが本当に体得して下さって、皆さんがおかげを受けてくれられたら、後は御理解はいらんと思うです。そうでしょうが。例えばここにお月次祭に御参りしてある方が、百名なら、百名あると致しましょうか。百名の方がです、ね。私の、信心を体得して下さって、私がおかげを受けておるような。
心の上にも形の上にも、おかげを受けておるような、おかげを皆さんが、受けて下さるならば、もう私は御理解はいらないでしょう。もうその百人という信心の種がです、ね。どれほどに一粒万倍のおかげになっていくか分りません。するともう私は御理解を説かんでもいい。朝晩神様へ奉唱させて頂いて、皆さんがお参りになったら、本当に、おかげを頂きました「はい、はい」。
それこそ三代金光様じゃないけれども、はいはい済まして頂けるような、私は理想を椛目の信心を打ち立てていかなければならないと。そういう理想を私も実は持っているのでございます。ね。ですから皆さんどうぞ皆さん、ここにご縁を頂かれる方はですね、誰彼ではございません。問題はです、ね。それは私の信心を受けて下さって、それはそれぞれの所を、おとりになるかも分りませんけれども。
皆さんの信心生活、個性というものがございますから、けどもそれなりに皆さんが、私の信心をお受け下さるならばです。私が心に頂いているところの、信心とその信心によって、現しているところのおかげというものを、皆さんが受けて下さるようになればです。皆さんの周囲には、どれだけ沢山の人がまた慕っていくか分らないと、私は思うのです。私今日ある先生のお話を頂いておりました。
本当に帰る道々もそのお話が、ああ今日は親教会のお月次祭でございましたから、一日は何時も親先生が御挨拶だけで、説教はございません。それでもう大概が渕上先生とか、修行生とかまたは、他の主だった信者さんたちがお話になります。本当に私は善導寺の総代さん達は素晴らしい。帰りがけ高芝さんやら、熊谷さんやら、総代さんも一緒でございましたから自動車の中で、話したことでした。
本当にお世辞を抜きにして、善導寺には素晴らしい信者さん達がおられるねと、私が申しました。どの方の話しを聞いても、なるほどなるほどと合点の行くような、しかもお話が上手というだけではなくて、その信心の内容というものを、銘々が持っておられるところに素晴らしいと。ほんとに高芝さん善導寺には、良い総代さんがおらっしゃるねと言うて、お話をして来たとこでございました。本当なんですというお話でした。
ところがです、そのお話をさして頂いておられますときに、私が頂きますことがこういうことでした。私の小学校の時の読本に「笑い話」という題であったので御座いますが、皆さんも覚えておられるかも知れません。ある若い人が夏の夜空に向かって、ね。竿でこう何か打ちぶっているわけですね。竿でこうこ(笑い)こうこやっている。それでその、他の方がです、「おまえ何してるのか」ち。
「俺はもう星ば一つ落とそうと思いよる」とこういう。「お前は、馬鹿じゃなあ、そげんとが取れるもんか、屋根の上に上がってはたけ」と言うたというお話なんです。なるほどそれは天竺に、いくらかは近いでしょう。またその人よりいくらかは一段高いでしょう。ね。なるほど話は一段高い話であっても、素晴らしい話であっても、高いところにおっても、ね。そういう話では、いわゆる天竺には通わない。
届かないということなんです。皆さん、そういう意味では皆さん、本当に、皆さん感謝して頂かんならんと。私の、感謝の押し売りのごたるですけれども、なぜって、神様の、ここの場合です、「ね」。本当に天竺に通う、神様に通う、そのすべを、私が体得させてもらい、私が、頂かせてもらい、そして、それを皆さんに、そこではいけんと、ここに来なければと。それではいけん、こうしなければと。ね。
おかげは受けられんのだ、徳は受けられんのだ、力は得られないのだと言うて、皆さんに聞いて頂いておるわけでございますから、これはもう本当に間違いのない事でございます。皆さんここんところを皆さん、ほんにそれどころじゃないと私は思うのです。思うて頂かなければ、これから先のお話がされません。どうでしょうかね。ね。私はお話は下手。表現も下手。ね。
けれども、私の話はです、そんなところで、おかげが頂かれるもんですかと、そんなところで、天竺の、あの、星が落ちるもんかと、もう一つ、屋根の上に上がってせにゃ。というようなことは、私は申していないということです。本当に、天竺に通う、本当に神様に通う、本当におかげも受けられる、本当に助かることの出来れるところの、お話をです、神様から、いわば、直伝。
また私がそれを体験させてもらってからの、体験談でございますから、皆さんがそれを、それだと、頂いて下さるならば、おかげの頂けぬことはございません。それを、自分がいい加減な受け方をしたり、「ね」。それをただ、聞いただけにして、頂こうとしないでは、信心の血にも、肉にもなりませんことを、私は知って頂かねばならんと思うのです。今日私が善導寺にお参りさせて頂こうとしよりましたら。
丁度二、三十分前にここの富永さんと、それから野口さんと親子でお参りになりました。それでまあ色々小倉に行っていました、私のまお土産話を聞かせて頂きましたら、なるほど神様が、野口さんを使うておりなさるなあと、こう思うのです。もうそのいろいろの話の中からです先日、向かえの日華ゴムの重役をしておられる方がおられます。そこの奥さんが、回覧版を持って見えられた。ね。
そしてその奥さんが言われる。「もう野口さん、お宅はもう何時うも何か知らんけれども、平和そのもの。も貴方は何時もこうふくふくとお肥えになってから、もう本当に何かお宅には、何かそういう秘訣がありますか」と言う様な、たまたまそういう話になった。ね。その奥さんはもう本当にそういう、最高級の高給取りの奥さんでございましょうけれども、もう、そのしわが寄ってしもうとりなさるという話です。
野口さんの話を聞きましたら。ね。それはあの「私はね、毎日あの、椛目通いをしよります」「椛目ちいうところは、どういうところですか」ね。「椛目に金光様がおられます、私は毎日、そちらにお参りをさせて頂く」「ああ、信仰を持っておりなさるから、実は、私も、キリスト教の信心を致します」「けれども私は、別に、洗礼を受けておるというほどしのことではないですけれども。
教会に行ってお話をいただきます」その時その時に、やはりお伺いごとやらを聞かれると、ね。それのそれはこうが本当だ、こうしろということを教えて頂くと。例えば、お話を頂いてから帰ってくる。困った事があるとまた、お参りをするというような、信心ですけれども、あなた方のように、毎日そんなにお参りをなさらない。ね。ですから、そこんにきが、私の信心と、ちょこっとばっかり違います。
ち言うてその野口さんが話される。「私共は困ったときにお参りするのじゃございません」ち言うた。ね。「またお伺いがあるけん、おまいりするのではございません」毎日毎日、こうやってそれは私共は、本当に様々な難儀な所を、通らせて頂きましたけれどもこうして、今日おかげを頂いておりますが、もうそのおかげを頂いておりますことが、私を中心として、家族中のものが、親戚のものまでが助かっている。
もうその有り難いという心がです、その有り難しと言う心が毎日お礼参り、参拝をさせて頂かねばおられないとです。もうですから私共には、困ったことがございません。そしたら、もう、それこそ、もう目の色を変えてです、顔色を変えて、はあ、そういう信心がありましたかち言うて、関心されたという事でございます。ね。私は野口さんの信心が、椛目で、どう言うて信心を受けておられるという事は。
まあ皆さんのご覧になる通りでございますから、ま申しませんけれどもです。なるほどです、ね。そこに信心はおかなければいけんのです。ね。お日参りさせて頂いて、月参りをさせて頂いて、ね。こういう修行をさせて頂いて、このおかげを頂かならんから、あれをお尋ねせにゃ。らんからというお参りじゃないと。ね。いうならばそのお礼参りということは、そのまま信心の稽古に椛目に通わせて頂くのである。
いう事であるという事がです、私はそこまでは分ってもらわなければ、私がお話しとることは分らんじゃろうと思うです。もうどうでんこうでん一丁、頑張ってお参りしましょう。あれば貰わんならんけん、これば頂かなならんから、そしてこげんしてお参りしよら、何時かよかこつのありましょう。そういうことでは、それはおかげは頂いたに致しましてもです、今日私が申しますような信心は頂かれない。ね。
それは例えば、ほんなら御理解を頂きましても、その御理解はいわゆる聞いて帰るだけのことにしかならんだろうとこう思います。昨夜の御祈念に、久留米の佐田さんがお参りになりまして、今朝方から子供を朝の六時、五時ごろ、四時半、四時頃か知らん、今日またお母さんが参ってきた、今もお参りされておりますが、また改めて聞かせて頂いてから、補足しなければならないことがあったんです。ね。
圭介さんがいくつかね今。三つ、三つかね、四歳、今四つくらいのその息子の子です。ま非常に悪いいたずらっ子ですけれども、本当に神様のおかげでこの世に出て来ておる人です。もうそれこそお母さんが、もう今度だけは、もうそれこそ結婚してから七年間も子供が出来んから、神様に御願いした。御願いしたら次々と娘が生まれる。だからお母さんがもう今度だん一丁下ろさんのち、私は知らんばのち言うて。
ずうっとそれこそそれからの懺悔話でございますけれどね。もうお母さんがもう恵美子さん、奥さんが恵美子さんち言う。恵美子さんが腹ばずうっと睨み付けとったち、言われました。この人ばっかりはどうした馬鹿じゃろうかと思うてからですね。それで椛目の金光様にお参りさせて頂いたら、今度だけは頂けと仰ったから、お母さん今度だけは生ませて下さいち言うてから、その御願いをした。そんならしようなかばってんから、ちゃんと考えて見てくれんの。
私の気持ちにもなって見てくれんのち申しよんなはる。ね。だからもう恵美子さんからはずうっと私を睨み付けとった。もう今度生まれる子供は私ば本当に恨むじゃろち。まあそのおかげ頂かれてからのそのお母さんの話です。ね。そして生まれる前に名前である。息子の名前である。ね。ですからそのやはり神様からもうこの世から危なく抹殺され様とする子供なんです。
なかなかおかげを頂きません。ところがその夕べ、床の間にひょこっと起き上がりましてですね。僕は今何か深いところへ落ち込みよった。そしたらもうその風が吹いてきてからもう、びゅうっと吹いてきてから、僕がここに今風で吹きやられたつじゃろうか、吹きやられたつじゃろうかち言うてその、言うたからそのお母さんどもが、びっくりして起きたち。そしてから言う事がぎな。
これは親の責任ばい親の責任ばいち言うてから、また寝たち。それを私は今日お母さんから聞いたんです。とてもとても子供圭介のいう言葉じゃないと。ね、こうして落てよった。そしたら風がぶうっと吹いてきて、そして吹きやられてきてから、僕は今ここにおるばいち言うてから言う。そして今僕はここに吹きやられて来たっじゃろが。吹きやられて来たっじゃろがち言うといてから、こら親の責任ち言うてから休んだ。
まあだ三つ、四つの子供の頭から出た言葉とは思われないです。ね。もう本当にそれで私が恭三さんに、ご主人が恭三さんと申しますから、申したんですけれども、佐田さん本当に、おかげ頂かせてもろうてね、それを聞かせて頂きよりましたら、喜び不足と頂きました。ね。喜び不足と頂くばい。日々健康でおるということは、ただ事ではない。しっかりお礼ば申し上げねばち言うてから、佐田さんから言われる。
もう先生もうこれだけは夫婦で、もう朝晩もう家族のものが、本当に健康でありますということは、もうこれは朝晩お礼ば申し上げんこつはございません。皆さんもそうでしょうが。ところがそれじゃなかそんくらいのこつじゃなかち言う。ね。本当に例えば崖から落ちよるとこれは、こういうことはこの子は実際は何回もあったんです。二階は、日田辺は大変高いでしょう。あそこに布団ば干しちょる。
布団の上で遊びよった。布団がずうっと落ててきよるげな。自分なホケんごつしとるげな。ほらもうそれで金光様金光様でその、二階に上がってから捕まえたち言う様な事がある。一遍なあそこの前が川になっている。筑後川のあの川に筑後川のこの崖にですね、こうやってぶら下がっている。落てちからそん時ももうしたから行ってからという、そういうことがある。
お父さんと一緒に何メートルもあるところから、その自動車と一緒に落ちたということもある。もう以来もうお父さんの自動車に乗らんち言うとる。と言う様なその危ない目にも合うとる。どころがその、いつまっでもその、おかげを頂いておる。ここでも何時か、ま、古賀先生がおる時分でしたけれども、もう(笑いながら)それこそもう、本当にもう、私あぁっち言うたから、もうびっくりしたら圭介さんが。
ふゅるふゅるいってから、もう、自動車ば止めよる。それでもう、古賀先生がおごられよること、おごられ(笑い)…どうも済みません、すみまっせんち言うてもう、お母さんのこと御祈念しよる。こんなこともあった。ね。例えば数えてでも、知ってからでも、こうですけれども、知らん間におかげを受けておるとは、どのくらいの事やら分らん。それは、圭介一人の上のことではないという事。
その時におかげ頂いたというその、喜びと毎日、平穏無事のおかげ頂いておるというその喜びは、そんなもんじゃないと。もう、本当に、神様の特別のご守護の中にあるのだということをです。感じさせて貰うて、その、特別なご守護に対しまして、お応えを申し上げるところの信心がでけなければならんじゃないかと、私は今日朝に感じたのです。ね。有り難いだけではいかん。
その有り難いというその、御神恩に対しまつって、それこそ何とか変わらにゃ人間も変わらにゃいけんじゃないか。今日私が一番初めに申しますように、私がもう御理解を伝えんでも良い、私がお話をせんでも済むような、おかげを皆さんが受けて下さるということは、私の信心を体得してくださると言うこと。防犯週間の無い平和な日本である。ね。もう、防犯週間なんかすることは必要がないとこういうこと。
御理解なんかも必要でないほどに、皆さんここにおられる百名の方達が、頂いて下さるならばです。この百名の方達が必ず喜びの種になって下さるに違いがない。自分のある儀を受けたことを、人に伝えずにはおられない。生き手本を皆さんが示されるようなおかげをです。受けて下さるためには、先ほども私が申しますように、野口さんの言うておられる、もうそれを私は本当に、そのことがね他の者が言うたっちゃ通わんです。
これはもう野口さんでなければ通わんです。本当に私はお礼参りをしておるという、その中身が通わんです。御願い参りに参ってから、ね。言葉だけで私は毎日お礼参りさせてもらいよりますと言うたっちゃ通わんです人には。ああやって見とけば顔色の変わるほどに、はあ信心といやそういう信心とは与えられないです。ね。そう言う様な信心をです。皆さんが頂いて下さらなければならん。
ただお話を聞いた、月次祭に参っただけで、そういう信心をいただけるとは思われない。それがいわゆる信行一致ですか。信心による私共の生活の中に、そういう信心が生き生きと頂かれる。それが血に肉になって行かなければならないという事なんです。これも昨夜の御祈念でした。丁度佐田さんのちょっと前に堤さん所の清さんです。その清さんが、出てまいりまして私は、もうこの頃は人間は素直にならなきゃいかんと。
この頃はうお父さんばっかり、自分のほうから言い出しとっちから、自分ないっちょん参らん。私が今椛目で信心させてもろうて、力受けとかにゃ何時頂くか。いま修行せんどって何時するのか。私が二、三日前の晩に申しましてからそれから、毎日お日参りをしてきよる。夕べもそんなふうで、お参りして見えた。ところがその朝、昨日の朝、お夢を頂いておる。その夢がどういうお夢かというとです。
大きなそのいわば清さん大の、大きな豚が清さんも大きいでしょう。その豚と四つに取り組んで相撲取りよるとこじゃった。変わったお夢です。思うただけでも嫌ですね、大きな豚とこうやってからのこったのこったで。ところがですその豚がですね、その清さんばコロリと投げた。それで清さん言うとられます。その投げられるとは投げられたばってん、その痛うはなかったばってん、ま投げられましたちこう言われる。ね。
ばってん素晴らしかち、皆さん素晴らしいと思いになるでしょうか。ね。もういよいよつまらんと、もう、豚にけられて、死ぬがよかち。(ふっふ)言うようなことを申します。豚とはまあ一番汚いものの表現です。汚い生き物の表現です。豚んごたるやつじゃ、と、汚い人のことを言う。ほんとに自分自身の心の中にです、もう豚よりも浅ましい心というものとです、これじゃおかげも受けられないというものとです。
本気で、四つになって取り組まねば駄目だということです。そしてこれはもう絶対人間がです。本気になれば、この豚は、負かすことの出来れる、もう、勝負は決っておるのです、本気になりさえすれば。これが負けることになっておる。それを本気になって取り組んでおらんからまた負ける。またからコロッと投げられる。という様な事が毎日続いておったんでは出来んじゃ無いかということ。折角取り組むならです、ね。
折角、本気でとり組みゃ、必ずこの豚は投げるいわゆる、豚を投げ飛ばすことが出来るのだと。自分の心のなかの汚いものと取り組むのだ。ね。皆さんも私は、清さんだけではございますまい。御理解を頂きゃ日々の改まりが第一じゃと。本心の玉を磨くのが信心だ。磨くためには先ず一丁垢ば落さにゃならん。心の垢がついとったんじゃあ、おかげが頂かれまいと皆さんが思われて、それに取り組まれるのだけれども、ね。
本気になっとらんから、コロッと負けよる。してから先生私は大丈夫でしたち。もう始めの間は何べんか、私達も失敗しましたが、あんまりその金額がごたるふうでその、もう、言わんでから、もう失敗し続きというような人も私は、あるのじゃなかろうかと思うんです。親先生本当にすみません、神様またまた失敗しました。とお取次ぎ頂ける位なところまで行かなきゃできんですね。
これもやはり夕べの御祈念の後でした。中西さんの奥さんがお参りになりました。先生、それもやっぱ今朝方お夢を頂きました。それが椛目の御信者さん方と一緒にです、親先生を交えて、鬼ごっこをしておる。親先生が鬼になっておられる。私はこうやって隠れておった陰に。親先生がその隠れとるとを探して歩かれる。ところがですもう急にもう、その、小便にいこうごつして、たまらんごつなったち言う。
そればってん出ら捕まえらるるもんじゃから、もう一生懸命こらえちからあのこの、自分で思いよりなさること。先生が早よ捕まえてくださるなら良かばってんち思いよる。ね。これなんか神様がもう、丸めて食わすように、噛んで含めるように、話しかけておられることを感じられるでしょうが。ね。本当にもう小便に行こうごとして、小便ということは、私はまあ言うなら、ま目先目先のおかげとでも申しましょうか。
大便をということは、本当の大きなおかげとでも申しましょうか。御結界が便所とさえ仰るのですから、ね。ですからここでもう本当に余すことなくすっきりと出させて頂いた時には、ああこれですっきりした、おかげ頂いたというて帰るでしょうもん。ですから、例えばその小便的なおかげでもです、こらえておらずに出てくりゃいいじゃにいか、出りゃ捕まえられるもんだからそして心の中では。
先生がもう捕まえて下されば、もういっそのこともう捕まえてもろうた方が良いとこう、思いよるなら、なし出てこんか。ね。出てきて捕まえられた。捕まえられてこそ初めて、ね。また鬼にならなければならんのですから、鬼にならなければならんということはです。捕まえられて初めて、自分の心の中に鬼を発見するのである。おかげの受けられないものを発見するのである。
それこそ自分の心の中に豚のようなものを発見するのである。ね。あれが悪いのではなかった。ね。お父さんじゃなかった、子供じゃなかった。誰彼さんじゃなかった、私自身が悪かったんだ私の心の中に、こういう鬼が巣食うておったんだということを、分らしてもろうて、私自身が鬼になるのだ。ね。なるほど捕まえられるのでございますから、捕まえたときには、窮屈でしょう。
今日は私野口さんにも申したことでした。もうこれからは失敗しません。もうこれからは一丁、一丁お伺いしてからち、言いよりなさったけれど、さあなかなかですねえ。本当に神様任せということは先生任せだと。この頃から小倉行きがあった。ね。一日は小倉に参りますから。それを御願いさせて頂いた。自分の心の中を本当に今御造営の最中に、小倉行きどんじゃ無かばってんとこう思いよる。だからね。
先生どんなもんでしょうか。小倉へ行きたいと思いますがどんなもんでございましょうかと言うて、お伺いをすれば良いんだけれども、小倉行きをしたいと思いますからと言うて御願いをする。ほんなら御願いをしとこう。これでは窮屈じゃない。自分の思うとる事を思うようにやろう、自由自在にやろうということ。そのことの中に神様のお働きを下さいというわけなんです。
捕まえられるということは、小倉行きをしたいと思いますが、ね、先生やらして頂きましょうかそれとも、思い止らせて頂きましょうか。また何時にさせていただきましょうかというような、お伺いをさせて頂いて、そら行ったら良かろう行かんが良かろうと。そういうことだから、そのことがやはり窮屈なごたる。ね。先生が左と思うとったら右ちでん言いなさるなら、どんこんできんきん初めから右の方ばどうぞ御願いしますと言うような信心からはです。
いわばそれは辛抱しながら、小便にいこうごたるばってん、こうやって隠れとっとも同じこと。いよいよ苦しゅうなっても、先生が捕まえて下さったら良かばってんち言うことになってくる。そうでしょうが。これがもう本当に噛んで含めるように、皆さんは椛目のことならみんな分るでしょうが。こういうようなことが私が申しますように、おいおいそんなところで長竿振り回しとってん、星が取れるもんか。
屋根の上に上がれ。屋根の上上がれち言うてその、屋根の上に押しやるものじゃなくてです。もう、本当に、それならば、神様のおかげが受けられる。それならば御徳が受けられる。それなら力が光が受けられるということなんでしょうが。いま皆さん私がお話しましたことは全部が。ね。そこんところを皆さんが、本気で素直にですその事をお受けになるところの、信心が出来て下さったら。
もう私はそのことに対してだけ、右が良かろう左が良かろう。はいはいとおかげ頂きました。結構なおかげ頂きました。というだけでです、良いような、ね。防犯週間の無い平和な日本のというような理想郷が生まれてくるのじゃないだろうかとこう思うのです。ね。これはどうでもです。私共は椛目におかげを頂いておる信奉者の皆さんがです。そこんところを真似方でもです、一つ体得して下さらなければです。
私は合楽の教会には入られない、というくらいなものを一つ、頂かねばなりません。そのことこそ、私は信心の本当の意味での御造営だと私は思う。いよいよ十二月になりました。本当に今月という今月はいよいよ、自分の信心を確かめて見なければならない月でございます。またどうでも、ね。締めくくりの上におきましても、心の整理の上におきましても、ね。おかげを頂きまして有り難しという、お礼の申し上げれる締めくくりが、出来なければならない月でもございます。
四十年の新春を迎えられた時に、皆さんの心の中に今年こそ、こういう信心をさせてもろうて、本気で一つおかげ頂くぞと言うておったのが、いつの間にか段々緩やかなものになり、そして振り返ってみると出来ていなかったことに、気付かせて頂いて、ね。遅まきながらこの十二月、せめて一月だけでもです本気で自分の心の中にある鬼を発見し、心の中の豚に本気で取り組ませて頂いて、本気で取り組めば投げられる。
その一月間のその信心業績とでも申しましょうか、ね。一月のその信心によってです。せめてそのことによって神様に、ね。過ぎ去ったところの十一ヶ月は見直し、聞き直しして頂いて、おかげを蒙らせて頂かなければならんと思うのです。どうでもおかげを受けなければならんと思うのです。十二月には、いよいよ、四神金光様、ね。の報徳祭がございます。三日は親教会の御大祭でございます。
ご案内を皆さんお受け取りなりましたでしょうか。何時もの様に十時半のお祭りでございますから十時ごろまでには、皆さんどうぞ久保山先生所にまた、御願いをさせて頂き、あそこでまた勢揃いをしてから一つお参りを頂きますように御願いいたします。日の日ですね。それから十日の日は今日お月次祭のところで先生があの、うっかりしておられてから、言われとらんじゃった大体は、今日までだったそうです申し込みが。
それで結局勿論久留米だけで、その団体が出来んもんですから、まあ二人三人でバラバラに参ろうということになっとったらしいんですが、ところが皆さんもご承知のように、この十二月は、椛目は大変春秋の大祭のように御参りが多いんです、ね。四神様のお祭り、昔は九州のお祭りと申し上げておりました。本当に、九州のもので奉仕させて頂いたお祭りであった。
それが、つの間にか段々、桂先生の意思を継いでいるようであって、信心を頂いているようであって桂先生の信心は、どこへやら抜けていったような気がするのです。せめて椛目だけでは、ここんとこを、生き生きと現して行きたいと私は思うのです。もう本当にそう思うのです。同時に年末の御礼参拝であると同時に、正月には皆さんご承知のようにお参りが出来ませんから、ね。
来年の御願い。今年中の御礼。同時に桂先生のご遺志を本当に現させて頂くという、こよない機会でございますから、どうぞ今日お帰りしなに、申し込んでいって下さいますように。今日私申しますのは椛目はいきても沢山お参りがありますからち言うたら、「ふん」そんならほんなら、改めて団体にされると言うて、先生が言うておられました。ね。 ですからあのう本当に、椛目だけで、団体ができると思いますけれども。
どうぞお申し込みをしてお帰り下さいますように御願いいたします。三日の日の御大祭のこと。これは、親教会の、いわゆる秋の、御大祭でございますから、どうでも大勢のおかげを頂きたいと思います。いよいよおかげ頂きまして、私久しぶりで、昨日昨日でございました。造園の方達が集われましてから、色々話し合いがあったり、また他の家を見に行かれたり致しました。
どうでも現場で説明を受けなければ分らんのです。ここで図面の上だけでは分らんから、現場で、ほんなら、委員長行って頂くようにと言ったけど、そら、先生、貴方が行きなさらなと言うもんですから、参りました。もう、本当に、とやこう言いながらです。もう、本当に、私共が、後ろから見たら、素晴らしゅう、ただ、出来ておるだけでございます。それこそもうほんとに私、東堤の方から眺めさせて頂いてから、胸が本当に振るうように感激いたしました。
こういうような事が出来ておる。ね。もう生き生きとして、その事は進められております。ね。どうぞ御造営のスムーズな御成就ということに就きましても、皆さんが一段と、信心を引き締められまして、何か知らん今まではこう、軌道に乗せるための様々な、手違いがあったり修行があったり、様々な人の上に合ったように思います。それはただし軌道に乗せるための、働きであったということを思います。
私は丁度その前後して二、三日前から、軌道に乗るということを頂いておりました。久富繁雄さんが頂いておりますことは、久富繁雄さんの妹さんが、与田に嫁入っておられます。吉田茂美さんという。という方そこの坪とも自分の家の坪とも分らない。ね。どうも、両方の坪のような感じである。そこに坪一杯の大きな石がある。置いてある。ああこれが、今度の御造営の石庭になるところに使われる石であると思うたところが、その石がです、ムックリ起き上がった。
手が出た足が出た。でそれがものすごい大きな亀になったというお知らせである。もう、この私聞いたときになんか本当に、身の毛が一本立ちするような思いが致しました。ね」。いわゆる天地が、いよいよ御発動をましますと言う様な感じがします。本当に神様が動いて下さるなという気が致します。もうもちろん神様の御発動を頂かなければ出来ることじゃあ、ありません。
それがいわばその石が動き出した。その大きな石ということは、ね。これは天地の石である。天地の意思とは石とは心、ね。石神の意思なのである。心ということ。天地の心が、天地の芯が動きだす。そして神様のいわば、悲願が成就されることのために、御発動まします。そこに私共の信心も軌道に乗らせて頂くところのおかげを頂かせてもろうて、いわゆる、久富繁雄さん、ね。
久しく富むところの、繁雄のシゲとは繁盛の繁が書いてある。これはお徳を受けることのために。吉田茂美とは良い田に美しく繁ると書いてある。これは私共が願っておるところの、本当に様々な意味合いにおいての、形の上のおかげなのである。ね。そのおかげを受けるためにも、ね。何時までもあの世にも持っていけ、この世にも残して置けれるところの徳を受ける久富繁雄的な、徳を受けることのためにもです。
おかげを頂かせてもらい、天地が、動いてござる。天地が発動ましましておられる時にです。私共も便乗させて頂くようなつもりで、信心を進めさせて頂いて、ね。神ながらな御成就になることを、一同で祈りまたその修行をさせて頂かねばならんと思います。どうぞ、皆さん一緒に足並み揃えて、おかげ頂きたいもんだと思うんでございます。
どうぞよろしく御願い申します。